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【指南596 前田道場へようこそ!】
テーマ:師範紹介

2017年1月10日

歴史に学び、先人に学ぶ。薩摩隼人・前田流 壁の乗り越え方・・・!!

新年第一弾に登場いただくのは、プルデンシャル生命鹿児島支社・前田浩志さんです。

前田さんは、2003年にプルデンシャル生命入社。2016年にライフプランナーの最高位である、エグゼクティブ・ライフプランナーの認定を受けました。直近5年間は社内コンテストに連続入賞、2016年度は12月末現在で既に上位5%以内の業績を収めているなど、業績を伸長させてきました。

前田さんは徳之島の出身、高校時代まで徳之島で育ちました。父(徳之島出身)は公務員、母(鹿児島出身)や祖父母は農業。祖父母両親姉妹8人の三世代同居。「裕福ではありませんでしたが、愛情一杯の家庭に育ちました」(前田さん)。高校時代は学業と空手の部活のかたわら、砂糖きび畑の農作業をしていました。「専用鎌で砂糖きびを刈って、重さ30kgにもなる束を何十も積み重ね、畑から運搬用のトラックまで担いで運ぶのです。学校から帰って深夜まで作業しました。高齢者が多いため近隣の手伝いもしました」

高校卒業後鹿児島の大学に進学。大家族で経済的な余裕はなかったため、引越しのアルバイトで生活費を稼ぎました。
学生時代の前田さんは、力自慢なリーダータイプ。正義感が強くて生真面目。引越しのバイトでもリーダーとして頭角を表わします。「体力腕力はあるし、真面目でサボらないので、砂糖きびの作業といい、引越しのアルバイトといい、重宝された存在でした。またシーズンには引越し業者の親会社の宅配便会社から声がかかり、早朝から深夜にわたり荷物の仕分けもしていました。昼夜問わず働いていましたね」
 
卒業後は大手ハウスメーカーの営業に。そこで前田さんは全国でもトップレベルの業績を挙げます。どうして売れたのですか?

「真面目だったから、ということに尽きます。営業という仕事は、サボることもできれば、人一倍動くことも出来る。私はサボらなかった。足と情熱で稼いだ営業でした」

業績はトップ、何度も表彰を受けます。しかし、そんな頃に、プルデンシャル生命から声がかかり、「自分の人生を自分で決めてはどうですか?」という支社長の言葉に心動かされて転職を決意しました。「当時は20代、若かったですし、大手メーカーの看板を捨てて、素の自分でどこまで勝負できるのかやってみたかったんですね」

営業には自信があった前田さんですが、ライフプランナーに転身してから現在に至るまでに、何度かの落ち込みを体験してきました。しかし、「どうして自分はダメなんだろう?」と自問自答した末に、さらに大きな飛躍を遂げるようになります。「選ばれる営業パーソンになるには!?」----今週来週は、前田さんに指南いただきます!

次回は、「トップ営業マンの秘訣はオリンピック理論!?」です。ぜひご覧ください。

【指南596 前田道場へようこそ!】

(写真) 鹿児島本港にて、雄大な桜島を背景に。